本作品はVRChat創作グループ「神祇省公安対魔特務六課 八咫烏」の二次創作作品です。
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円形の訓練場の中央に、少女達が集っている。
少女たちは準備運動をしていた。全身の筋肉を伸ばし、これから行う運動に備えている。
少女たちの様子を、円錐状の側壁に描かれている八咫烏を象った紋章が見守っている。
ここは魔特六課八咫烏、その地下訓練場だ。
「おーし、お前ら、準備運動は済んだな」
左目に眼帯をした桃色の髪の女が、少女達十数名に声を掛けながら訓練場に入って来た。背には刀を携え、ロッカーを乗せた台車を両手で押して、少女達の前にやってくる。
声を掛けられた少女達は一列に並び、桃色の髪の女の前に立った。全員が同じ様式の、ロービジブルなジャケット姿をしている。その目は期待が半分、不安が半分と言った様子で、桃色の女に注がれていた。
「よし、今日の訓練は昨日伝えた通り、近接戦闘訓練。各々好きに獲物を持って、打ち合う――ま、分かりやすいだろ」
そう言って桃色の髪の女は、台車で運んできたロッカーを開けた。中には刀、剣
、槍――といったように様々な武器が所狭しと並べられている。
「こっから好きなのを選んでいい。ま、今まで基礎的な訓練は三八式でやってるだろうから、迷ったら刀でいいんじゃねぇかな」
「はい、真希島教官」
という声が響いて、少女達の中の一人から手が挙がった。
まるで学校だな、まぁ、アタシらの時も対して変わんなかっただろうけど、などと思いながら、真希島と呼ばれた女――真希島カンナが挙手をした少女に向き直った。
「はい市南、なんだ?」
「その、相手は誰なのでしょうか。私達でペアを作るのか、それとも真希島さんがお相手するのですか?」
「あぁ、それなんだけど――」
と真希島が言ったところで、訓練場の扉が開いた。重厚な防弾扉の先には、小柄な女性の姿が一人。そのまま駆け足で真希島と訓練生達の方へと向かう。
「ごめんなさい!遅れました!」
「おう、まぁいいさ、ちょうど今から紹介するところだったしさ」
真希島が答え、少女たちの方へと向き直る。
「コイツが今日の訓練相手、松岡邦子だ。アタシらの中だとコッコって呼ばれてたりするな」
紹介されたコッコが、訓練生に向かって一礼する。釣られて訓練生達もコッコに礼を返した。
「本日の敵役を務めます、松岡です。主に捜査係で働いていまして、諜報係を兼任しています。よろしくお願いしますね」
そう言って、コッコはたおやかな笑みを浮かべた。
訓練生達の間に少しの困惑が生まれる。戦闘訓練だというのに、怪異の調査を担う捜査係の人間が仮想敵役として来たことに違和感を覚える者が多数だったからだ。
その困惑を、カンナが受け止めた。
「コイツは捜査係と諜報係がメインだが……前線に出たがるヤツでよ。だからアタシたちは徹底的にシゴいた。怪異とやりあってもそうそう死なねぇくらいにはな。ある意味ベンチマークみたいなヤツだ」
つまりそれは、”彼女くらい強くなければ、最前線で戦うことができない――”と、訓練生達たちは受け取った。
「つーわけで、あれだ、コッコを超えられるよう頑張れよ、ってコトだ、ヒヨコ共」
訓練生達を前に、カンナがにぃ、と笑いかけた。
訓練場に、二つの人影が動き回っている。
円形の訓練場は側面の壁が外側に向かって傾斜しており、さながらすり鉢のような構造だ。
円形の訓練場の中心部にて、コッコと一人の少女――先ほど、カンナに質問した市南カエデだ――が、各々の獲物を手に戦闘を繰り広げていた。
コッコが手にした銃剣付きの模造小銃を、カエデに突き込む。カエデはその一撃を払い、間合いを詰めようとするが、再度繰り出された突きに進路を阻まれ、その足を止めた。
その隙にコッコは半歩間合いを取り、自身の適正な距離を取りなおす。
すでに十数名の少女の内、二人を残して戦闘は終わっている。結果はすべて、コッコの勝利だ。訓練生たちは全員が高強度の戦闘任務に対応する警備係志望というわけではないが、八咫烏の厳しい訓練を潜り抜けてきている。その彼女らが、戦闘特化ではない隊員一人に全員黒星をつけられている。
カエデは、最後の二人の内の一人だ。彼女自身の志望は警備係。
実家が神職の彼女は、幼少の頃から怪異について知識があった。家の者が怪異と相対しているということも知っていた。しかし、カエデは当初から八咫烏志望だったというわけではない。
自身が怪異討伐にあまり適性が高くないというのは知っていた。だから、普通の神社としての家業はともかく、怪異討伐という面では別の人間に任せるのだろう、と思っていた。
だが、彼女には妹がいた。それも、霊力保有量も霊力操作も、桁違いに優れた妹が。
自然、親や親族の目は妹に向けられた。それによって、カエデ自身が差別されたような記憶はない。だが、妹の未来が、怪異と戦うことだけになってしまうかもしれないというのは、彼女には受け入れられなかった。
だから、妹の為にも自分が戦えるようになる必要がある。そんな思いでカエデは、八咫烏の門を叩いた。
そんな自分だから、目の前のコッコは良いケースだ、とカエデは考えている。霊力保有量も多くはなく、行使する術式も箱型の結界を生成するというもので、特段強力というわけではない。自身に共通する面が多いと感じる。
だからこそ、乗り越えなければと思う。一瞬だけ息を入れ、再度間合いを詰めるために前進する。
相対して思う、決して早くはない、決して鋭くはない、決して重くはない。
ただ、ただひたすらに遠く感じる。そんな思考を頭に置きながら、カエデはコッコの銃剣を受け流しながら隙を伺う。
今、カエデの手にあるのは三八式退魔刀を模した模造刀だ。刃は落とされ、セーフティとして危険な打突時にはストップがかかるような訓練用の術式が施されている。その全長は90cmほどで、刃渡りは70cmほど、一般的な日本刀のそれと言っていい。
一方で、コッコが使う獲物は長い。銃剣付きの模造小銃は、一般的な銃剣道で使われるものではなく、コッコが使う村田銃を模している。その長さはおよそ170cm。彼女の身長を上回るリーチが、感じる遠さを作り出す一因ではある。
だが、それだけではない。集団戦での槍衾や銃剣突撃ならばともかく、今は一対一の相対だ。故に一般論として、槍は長さを持て余す。相手の攻撃を見切り、払って懐へ入り込めば小回りの分こちらが有利になるのは確実だ。
――だから、それをさせないようにしている。
シンプルな結論だった。コッコは払うような攻撃をしない。攻撃は徹底して突きを主体としている。最小限で最大限の一撃を繰り返す。そこに隙を見出す必要があるが、こうも徹底されるとうまくは行かない。
さらに言うなら
――速度任せは潰される……!
今までに何度も見た光景だった。速度任せに詰めようとすれば、コッコは躊躇なく術式を発動させて、その進路を塞いだ。霊力で出来た箱型の結界。シンプルながら強固な術式は、速度と身体能力任せに突っ込もうとする半妖連中を壁に叩きつけてノックアウトしていた。
だから今のままではこちらに不利なまま、いずれ打突を食らうだろう。それは面白くない、と考える。
何度目かも分からない突きを切り払い、バックステップ。大きく間合いを取る。コッコはそれに合わせて間合いを詰めるが、決して自ら打ちかかりには行かない。こちらが槍の長さを恐れて踏み込みたくなり、かつそれに対してカウンターを仕掛けられる絶妙な間合い、そんな間合いが形成される寸前、カエデは逆手に刀を持った。
一般的な構えではない。剣のリーチを殺すものであるし、そもそも刀剣というものは順手に構えられて最大限の効果を発揮するものだ。故に逆手で行う動作は咄嗟の抜刀程度が一般的で、そのまま切り掛かる技法が残るのはごく一部の流派のみ。
しかしカエデは持ち替えた。逆手持ちにも利点はある。コンパクトな構えになるため超至近距離での取り回しはし易くなるし、体の陰に刀が隠れることで間合いを図りづらくなる。だがしかし、コッコは三八式の間合いなど熟知している上、そもそも超至近距離戦にならない戦い方をしている。
流れが変わった。コッコはそれを察知してか踏み込むのを止め、見に回る。一挙手一投足で打突できる範囲より3歩遠く、対応出来るだけのマージンを取った。
五十嵐マオは分厚い防弾ガラスの前に立ち、長いツインテールを揺らしながら眼下の演習場を眺めていた。
今、演習場は短い凪の時間だ。一連の攻防が終わり、様子見となった時間。
この時間は長くは続かないだろう。両者共、息は整いつつあり、コッコは普段通りに構え、カエデは逆手に模造刀を保持し、睨み合う。
「やっほ、どんな感じ?」
その様子を眺めるマオに声を掛ける人物が居た。二本の角に、快活そうな雰囲気。八咫烏隊員の一人、角館リンだ。
「どうも、リン先輩」
リンが声を掛けると同時に差し出したマグカップのコーヒーを受け取りながらも、マオは階下の光景から目を離さない。リンはマオの隣に立った。
「どう?訓練は」
「今のとこ、コッコ先輩の12連勝です」
「ワオ、流石」
ニコニコと笑いながらリンはコーヒーを啜り、訓練場を見た。
「そろそろ動くね、ね、どっちが勝つと思う?」
「コッコ先輩です」
「お、即答。その心は?」
「コッコ先輩、たかだか2,3か月の教育中の連中に負けませんよ。だって貴女たちが鍛えたんでしょ?『6年生』の貴女たちが」
嬉しいコト言ってくれるね、というリンの言葉は、それより先にマオの「動きます」の言葉に遮られた。
「……っ!」
カエデは短く息を吐くと同時に、術式を展開した。狙いはもちろん、コッコだ。
とはいえ、それは自動で敵を狙い撃つだとか、天から流星が振ってくるだとか、そういった類のものではない。そういった術式を操るものもいるだろうが、カエデはそこまで特筆するべき術式はない。
代わりに彼女には、代々受け継いでいる術式、その一端がある。
霊力の残滓を残しながら、彼女は地面を蹴った。狙いはコッコ。真っ直ぐ、愚直なまでの突進。
すかさずコッコは障壁として箱型術式を展開。カエデの体に霊力で出来た壁面が接触する。だがしかし、障壁は溶けて消えるように、霊力を空中に霧散させた。
行ける、カエデは心中で呟く。
彼女の術式「道開き」は、元をたどれば彼女の神社の主神から賜った術式とされている。
その効果は
――指定した地点、対象までの道乗りに存在する害を成すものを払う術式!!
旅の安全を祈願する術式を応用し、彼女は進路上の害を祓う。それは霊力で形成された障壁も例外ではなく、さらに空気抵抗ですら禊ぎ落とす。
さらに彼女は、刀を逆手に持つことで旅人が持つ『杖』に見立てた。これによって術式の純度を上げ、さらなる加速と禊を得る。
カエデ本人ですら、この速度は制御しきれていない。ただ、想定外をぶつければ相手を揺さぶれる。揺れた先にあるのは隙だ。それを刈る。
相対するコッコから目を離さない。確実に捉えるまでは、一瞬たりとも。
コッコは直線から逸れるように連続してサイドステップ。そしてその進路上に術式による障壁を展開する。しかし、この術式は指定した対象に到達するまで効果が切れることはない。曲線を描きながら、カエデはコッコに向かって突き進む。新しく生成された障壁すら、カエデに触れるたびに霧散してゆく。
――行けるッ!!
心中の言葉は、つぶやきから確信へとその確度を変えた。地面を蹴り、さらなる加速を得る。
次の瞬間、カエデは
「!?」
コッコの行動に目を疑った。コッコはこちらに一歩踏み込んできた。カエデの速度にカウンターを狙うかのような全身。想定していた刀のリリースタイミングとズレが生じる。
さらに一歩。その二歩の間にコッコは模造小銃を反転。銃床部分をカエデ側に向けるようにし、短く持つ。
――間に合え……!
想定外のタイミング。カエデは祈るように逆手に持った刀を振るう。が、コッコは短く持ち替えた銃床で、その刀の根元を受け止めた。
――どうして!?
道開きの効力が切れている。本来であれば攻撃ですら祓う術式だ。全霊力を注いだ一撃を受け止められ驚愕に歪む。だが
――間合いの有利は潰した!!
こちらは逆手に握った刀、相手は如何にコンパクトに構えなおしたとはいえ、長大な分余計なモーメントが発生する模造小銃。この距離であれば、それは枷にしかなりえない。
次の瞬間、コッコはあっさり模造小銃を手放した。え、と短く言葉を出す間もなく、カエデの襟元と刀を握った右手を掴む。
次の瞬間、カエデの体は宙を舞い、訓練場の床に叩きつけられた。
「が、は……ッ」
肺から酸素が逃げ、息を吸おうとしても吸い切れない。カエデは喘ぎながらも、立ち上がろうとするが、力が入らない。
その間にコッコはマウントポジションを獲った。圧倒的に有利な状況。そして拳をカエデの顔面向けて振り下ろし――
「そこまで!」
カンナの声で、拳はカエデの眼前で止まった。
コッコはカエデの上から退くと、カエデの手を取って上体を起こさせた。
「ゆっくり、大きく息を吸ってください。大丈夫ですから」
そう声を掛けられたカエデは言われたとおりに大きく息を吸って、そして吐いた。徐々に体は酸素を入れる感覚を思い出し、やがて安定する。
そうした後に思い出すのは、コッコの選択だ。こちらの「道開き」に対し、踏み込むという選択。どうしてその選択を咄嗟に取れたのか、カエデはその疑問を率直にぶつけた。
「どうして、踏み込んだんですか。先輩の術式は無効化されてたのに」
「そうですね……」
とコッコはしばらく思案し
「二つあります。一つは、術式発動時の霊力残滓が猿田彦系の散り方だったこと。ここから、移動補助の術式だとあたりを付けました。おそらく、移動の障害を禊ぎ祓う術式ですよね。だから、そうであることを一つ目の箱型術式で確定させました」
は、と思わず間の抜けた声が漏れる。確かに霊力は、個々人の感情や操作によって形を変える。その最もたる例が、恐怖を糧に姿を形作る怪異だ。
だが、その一瞬の霊力の変動を捉え、戦闘の一瞬で判断することは常人のそれではない。少なくとも、ここ数か月で学んだ中には、特定のキットを利用するだとか、K.A.I.N.T.に判断を仰ぐだとかで判別するものとされていたはずだ。
「もう一つは横にステップした時です。その時に、カエデさんは真っ直ぐ突き進むのではなく、私に向かって誘導するかのような軌道をとりましたよね」
その言葉にカエデは頷く。まったくもってその通りだからだ。コッコはその頷きに満足し、言葉を続ける。
「あの時、カエデさんの術式は場所ではなく、私に対して掛けられているのだと判断しました。場所に掛けてるのなら、私の横の移動に対応できてないと思います」
それも事実だ。カエデはまたも頷く。
「だから、私の方に向かってきているのなら……私から接近すれば、カエデさんの想定より早期に術式を終了させられるんじゃないかと思いまして、あえて踏み込みました」
結構博打だったんですよ、とコッコは笑うが、そうではないだろうとカエデは感じた。
これが博打だというなら、私の行動は自殺も同然だ。コッコは、自身の知識と経験から最適解を出した。それは並大抵の努力で為せる技ではないだろう。
「カエデさんも工夫してましたよね」
カエデの落ちていた視線が自然と上を向く。コッコは膝を着いて目線をカエデと合わせながら続ける。
「刀を逆手に持ったのは密着するための他に、刀を杖に見立てることで術式をより強固なものにしてました。旅に杖は必需品ですからね。そうやって工夫することは絶対にいつか役に立ちます。いつか一緒にお仕事できるのが楽しみです」
コッコはそう言って、手を差し出した。カエデはそれをしっかりと握り返した。
「ね、これで13連勝。言った通りでしょう?」
ふふん、とマオが得意げに鼻を鳴らしながらコーヒーを飲み干した。
「なるほどねぇ、コッコちゃんはああやって戦うのか」
その声を聞きながらリンは頷く。
八咫烏隊員にとって、怪異の分析は基本的にK.A.I.N.T.に一任することが多い。現場で怪異の出自を自ら考えるよりも、今までの怪異の情報や傾向をすべて集積しているK.A.I.N.T.に任せたほうが正確で速く、隊員は戦闘や偵察に集中できる。
しかし、コッコはそれよりも速く、現場で怪異の情報を分析できる。そしてそれらをタイムラグなく作戦に反映することが出来るのは明確な強みだ。
最も、K.A.I.N.T.による分析を隊員全体に共有するほうがより確実だ。強みではあるが、一芸の域を出るものではない。とはいえ、使えるものはなんでも使うというのは八咫烏隊員として望ましい姿勢であることに間違いはない。
「これは次のも楽しみだな、どうするんだろうね」
「次の相手は……ああ、この子かぁ」
マオが手元のタブレットをいじり、リンが画面をのぞき込む。そこには次にコッコが相対する情報が書かれていた。
「ふぅん、なるほどねぇ。対処法はあるかもしれないけど、割とパワータイプかな」
能力だけで言えば一級品、あまり真正面からやり合いたくはないな、というのがリンの率直な感想だ。だが、マオはそれにも動じない。ツインテールを揺らしながら、彼女は確信を持った声で告げた。
「ま、それでも私はコッコ先輩が勝つと思いますけどね!」
訓練場の中央で術式の発動を補助する呪符をケースに補充しながら、コッコは次の相対者を見た。一回りは年下の少女は、しかしその頭に人ならざる獣の耳を持っている。半妖の主流である狐や犬、狼や猫のそれより小ぶりで丸みを帯びた耳を持つ少女は、模造刀を無造作に肩に担ぎながら、コッコの元へと向かってくる。
少女は口元に笑みを浮かべていた。親愛のものではない。獲物を見つけた時の狩猟者の笑み。
「風流タマキさんですね」
コッコはその強者の笑いに対しても臆せず、作業を続けた。呪符に流し込んだ霊力を確認した後、一枚だけ引き抜いた呪符を銃床の肩当て部分に張り付ける。
「なんだ、覚えてるんだ、センパイ」
タマキと呼ばれた少女は、これまで繰り返し呼ばれていたハズのコッコの名前を呼ばずに、歩みを止めた。模擬戦のスタート位置だ。
「えぇ、今日の模擬戦の相手の名前と顔は教えられていましたから。どういう手札があるかまでは、伏せられていますが」
「そうかい、んじゃモノを見るのは初見ってワケだ。楽しませてくださいよ」
「えぇ、楽しみにしています」
コッコはふわりと微笑むと、タマキは面白くないものを見るような目をして舌打ちした。
面白くねぇなァ、表情に現れているのと同じ言葉を、タマキは内心で呟いた。
タマキは大人というものを信用していない。児童養護施設時代の大人といえば、子供を怒鳴るか、嫌味ったらしいか、最悪な部類だと、夜中に部屋に入ってくるようなモノもいた。まぁ、そいつにはお灸を据えて二度と顔を出せないようにしたが。そんな状況だから、子供達でも喧嘩が絶えなかった。
大厄災を機にテロ、正確に言えば怪異災害が急増した日本に於いて、児童養護施設というのは常に不足している。それを考えれば仕方のない面もあるが、親を奪われてまで劣悪な環境を押し付けられる謂れはない。
だから大人というのは信用ならない。信用できるのは、自分と、自分を怪異の手から救い上げてくれたカンナの姉御だ。カンナの姉御が信用しているヤツだったらまぁ、多少考えてやらないこともないが。
そこへ来て、コッコが現れた。カンナからも信用されている「大人」。
だが、なんとなくいけ好かない。タマキにとって、それが嫉妬心からなのか、それとも施設時代の大人に通じるモノがあるからなのかはわからない。
それでも、10代も半ば程度の少女が、身の丈に余る己の力を思い切り振り回そうとするには十分な理由になった。
「はじめ!」
カンナの開始の合図が拡声器から流れると同時、タマキは霊力を全力で放った。
高速の二連撃は風の刃となって、弾丸の速さでコッコに襲い掛かる。どちらの刃もその切断範囲は長大で、円形の訓練場の直径にほぼ等しい大きさだ。
その上タマキは、コッコの今までの軌道パターンが、基本的に平面であることも考慮に入れていた。
だからこその二連撃だ。一撃目は首を狙い、二撃目は膝を狙う。ほぼ同時に着弾するそれは、コッコの運動能力では避けようがないと踏んでいた。避けるなら、曲芸じみた動きでその二つの刃の間に入り込むか、飛び越えるかだが、そのどちらも不可能だろう。
ならばあの箱型の結界で受けるか?それも無理だろう。この刃は鉄くらいなら切れることをタマキは知っている。
刃がコッコの立っていた位置を通過し、訓練場の壁に叩きつけられた。破片が巻き上げられ、風に巻き上げられて拡散し、粉塵が視界を埋める。
勝った。粉塵に飲まれながらも、タマキはニヤリと笑った。この一撃は霊力の消費が重く、それを二連で放ったことで霊力は底を着いていたが、あのコッコにネチネチと弱点を探される前にケリを付けるのは正解だ、とタマキは考えていた。
だが、終了の合図が聞こえない。カンナのそれまで、の声がいつまで経っても聞こえない。いぶかしむうちに、風の余波が収まっていき、視界が晴れてゆく。
そこには横二列に抉れた訓練場の壁、そして、空中の箱型結界に片膝立ちで立つコッコの姿があった。
タマキに顔が驚きに歪み、次に恥辱に染まった。
コッコは、片膝立ちで模擬小銃を構えていた。その切っ先は、ぴったりとタマキの心臓に向けられていた。
この模擬戦は、近接限定の模擬戦だ。だが、実戦だったら?タマキは勝利の余韻に浸っている間に、その心臓を撃ち抜かれていただろう。コッコの切っ先は、それを静かにタマキに向かって告げていた。
「あのガキマジで無茶苦茶やるわね!?」
怒りの声をマオが遠慮なく上げ、後ろでリンが苦笑いしていた。
「あんなん当たったらほとんどのヤツが死んでるっての!わかってんのかしらその辺!!」
模擬戦とはいえ、一歩間違えば人死にが出かねない一撃だ。マオの怒りももっともと言ったところだろう。なんでカンナは止めなかったのか、とも。
だが、リンの反応は違った。
「まぁまぁ、カンナちゃんが止めなかったってコトはコッコちゃんが捌ける一撃って判断だったんでしょ。実際上手いコト避けてたし」
一部始終を、マオとリンの二人は目撃していた。開始の合図が始まると同時、コッコも行動していた。自分の足元に箱型術式を生成し、そのまま自身をエレベーターのように持ち上げる。ついで、もう一つの結界を生成し、そこに飛び移ったのだ。
「やるねぇ、前から高所の移動に活かしてたけど、速くて正確になってる。以前の単独行動がいい刺激になったのかな?」
「なんでそんなノンビリした感想なんですか!?」
「まぁ、だって、私らのころは、ねぇ?」
半笑いのリンを見て、マオは心底震えた。これが、次々と脱落者を出した、創立初期の八咫烏メンバーの貫禄か、と。
――まだだ!
タマキはコッコに向かって駆け出していた。
挽回のチャンスはまだある。高所に居る、ということは着地する必要があるということだ。その着地の隙を刈り取りさえすれば、まだ勝機はある。
霊力は回復していない。だが、体力まですべて消費しきったわけではない。半妖由来の瞬発力で、コッコの着地隙を刈り取るために前進する。
だが、それを容易に見逃すコッコではない。タマキの足元に箱型術式を展開。コッコの姿ばかりを見ていたタマキはそれに脚を取られかけ、なんとか体勢を立て直す。そのころにはもう、コッコは地面に着地している。
そしてコッコは地面を蹴った。向かう先はタマキの方だ。速度の乗ったまま模擬小銃による刺突を繰り出す。
「……くッ……!」
タマキはそれを左旋回気味に回避する。体を横に開き、右足を軸に左足を踏み出す。眼前を木でできた模造小銃が通過する。
次の瞬間、タマキの顔面を木銃が打ち付けた。
威力自体は大きくはない。最初の突きから顔面まではわずかな距離しかない。その程度の距離では威力を出すことは不可能だ。だがタマキの不意を打つには十分だ。思わず目を閉じたタマキが目を開くころには、コッコは次の打突に入っている。
次の一撃は脇腹狙いの一撃だ。側面を晒したタマキの脇腹を模造小銃に付けられた銃剣が襲う。
タマキは失策を悟った。自分は右利きだ。つまり模造刀は右手で保持している。左側面を晒すような回避をしてしまったことで、続く一撃をいなすことが困難だ。
「っあぁぁぁッ!」
それでも、タマキは刀を振るった。開いた体を無理矢理に右回転。同時に右の刀を振るい、なんとか模造小銃にぶち当てて軌道を逸らさせる。
――なんとか引いて立て直す……!
今この一瞬しかない。こちらの体勢はぐちゃぐちゃだが、コッコの模造小銃も払われている。次の攻撃を行うには引いて、突き出す二挙動が必要だ。その二挙動の間に一旦仕切り直す。
そんなタマキの考えは、次のコッコの挙動で打ち砕かれる。
コッコは模造小銃を払われた勢いを活かして、一回転。その勢いのまま、バックハンドの横薙ぎを繰りだした。
払われた体勢からの突きは二挙動だが、払いの勢いを活かした横薙ぎは一挙動だ。
二挙動の間に引くことばかりを考えていたタマキは虚を突かれ、右の脇腹にその一撃を叩きこまれた。
「が、は……ッ!」
訓練用の威力低減術式が組み込まれているとはいえ、170cmはあろう模造小銃のフルスイングは、タマキの足元をぐらつかせるには十分な威力を持つ。
目がちかちかとなり、せり上がってきそうになるものを感じながらも、タマキは未だに膝を着いてはいなかった。
コッコの追撃が迫りくる。
――それからの戦闘は、タマキの防戦一方だ。
突きだけではなく、今まで使ってこなかった薙ぎも組み合わせたコッコの攻撃は、タマキに休む暇を与えない。それでも、初手の攻防の一撃以外、有効打足りえる打突は入っていないのはタマキの優秀さの現れでもある。
だが、じりじりとタマキが追い詰められているのは事実だ。その証拠にコッコにタマキの刀が届きそうになることはなく、逆にコッコの模造小銃がタマキの肌を浅く擦過して赤い跡を残している。
タマキの頬は赤く、額からは玉のような汗がとめどなく流れ落ちる。息は上がり、脚は縺れる。
それでも倒れないのは意地だ。立っているヤツは、強い。カンナから教えられているそのシンプルな真理は、タマキの中のなけなしの気力を振り絞らせている。
それでも、コッコを攻略する糸口は見つからない。霊力は微量ながら回復しつつあるものの、衝撃波を出そうと構えれば容赦なく突きの連続が襲い掛かってくる。
倒れれば楽になれるのだろうか。否、それは死ぬのと同じだ。これ以上恥の上塗りをしてたまるか。
「タマキさんの身に宿る怪異は、鼬ですね」
ふと、コッコが口を開いた。攻め手は緩まず、しかし聞かせるように言葉を紡ぐ。
「そして風を操る能力を持つ。ルーツは鎌鼬にあるものと思います」
正中線を正確に狙った三連撃。刀を立てて、両手を使ってなんとか受け止める。その攻撃を受けたおかげで、間合いが開く。
「鎌鼬の伝承にはいくつかパターンがあります。曰く、廃棄された鎌に宿るだとか、曰く、風で巻き上げられた破片が傷を付けるだとか」
言いながらコッコは再度間合いを詰める。突きを主体に、不意を打つ目的でコンパクトな薙ぎや切りが入り混じる攻撃だ。対応しきれず、何発かをまともに喰らい始める。腕に、脚に、木でできた銃剣の衝撃が、骨に響き始める。
「しかし、もう一つ、最もメジャーな伝承。近代における鎌鼬の、主流な解釈があります。それは、真空が切断を産むというもの」
破れかぶれに振った刀がコッコに届きかける。コッコは小銃を立て、それを機関部のあたりで受け止め、弾く。空いた胴体に前蹴りを放ち、タマキの胸部を捉える。たたらを踏んで、口の端から汗と涎の混じったモノを吐きだしながら、膝を着く。
終了の合図は、まだ聞こえない。コッコの声だけが、タマキの耳に嫌によく聞こえた。
「まだ、貴女は術式を、霊力を開くことが出来ます。だから」
その先の言葉はない。その代わりと言わんばかりに、膝を着いたタマキに向かって、渾身の突きを放つ。
タマキは、引き延ばされたように感じる時間の中で、その銃剣が自身を打とうとするのを見ていた。
思考は纏まらない。コッコが話していたことも、自分のことなのはわかるが、だからなんだと思う。
このまま打たれれば終わるのだろうか。訓練だから、死ぬことはない。でも、これが実戦だったらどうなるのだろう。分からない。
ふと、視界の端に桃色を見た。カンナだ。自分の居た養護施設が怪異に襲われた時、助け出してくれた先輩。彼女に師事したくて、無理を言って八咫烏に来た。
自分の今のみっともない姿を見て、失望しただろうか、嘲笑しているだろうか。
カンナの表情が、タマキの網膜に写った。
笑みだ。
しかし、決して嘲笑などではない。言うなれば、期待の笑み。お前はまだやれる、お前はそんなもんじゃない、と、語りかけるような笑み。
裏切れない、裏切りたくない、と思った。私は、まだやれるんだ。
だって、あの人が信じてくれているんだから。
必死に考えろ、可能性を見いだせ。敵の言葉も、すべてモノにしろ。
考えたら動け、腕を動かせ、脚を動かせ、体を動かせ。そして何より、自分の中の怪異の力を動かせ。
思考は一瞬にも満たない。反射は一瞬で、それはすぐさま結果として現れた。
ばづん、という音と共に、タマキの体は急加速した。全身を何かに引っ張られるように、コッコの左側面を取るような高速移動。
理屈は今は分からない。だが、今目の前にあるのはコッコの胴だ。
そして手には刀がある。
思い切り振り抜く。
コッコはそれすらも想定に入れて動きを作っていた。目の前からタマキの姿が掻き消えると同時に、踏み込んだ脚を軸に左旋回。二分の一の確率で自分から刀に飛び込む危うい選択だが、辛うじてそれは通った。横薙ぎは胴を捉えるが、クリーンヒットにはならない。
だが、決してその一撃は浅くはない。明らかに熱を持ち、そこに一撃を入れられたことを主張してきている。
想定していなければ避けられていなかっただろう、と確信できる良い一撃だ。
そして、その直前の音。
学校の理科室で気圧の実験をする時に聞くような、真空の音だ。
タマキは自らの能力の核心を掴んだ。真空を利用した、引き寄せるような急加速。
思わずコッコの口の端が吊り上がった。やっぱり、怪異って凄い。伝承や人の噂、そうしたものが形となった存在が、その力を顕しながら、今目の前に居る。
それも味方で、友誼を結べる存在である、というのだ。この、なんて心強いことか。
とはいえ、今この瞬間は敵同士だ。友好を深めるのは、そのあとでいい。
コッコは油断なく小銃を構え、タマキに相対する。
戦況は一進一退となった。ばつん、という破裂音がするたびにコッコが受けに回り、それを
凌いで一撃を返し、さらなる追撃をタマキが往なす。
ただし、だんだんとそのテンポは早まっていく。
結果として、破裂音をアクセントとした打撃音が、まるで打楽器のセッションのように訓練場に響き渡っていた。
両者共に、疲労の色が濃くなっている。
速度こそ落としていないが、それはお互いに「速度を落とせば負ける」と理解しているからだ。脚を踏ん張り、地を蹴り、腕を武器と連動させて振るう。それを繰り返して、出来なくなった方の負け。
――このままなら、分があるのは私の方ですね。
否が応でも思考を超えなければならない攻防を捌きながら、それでもコッコの冷静な部分は正確な分析を告げていた。それもそのはず、タマキは半妖とはいえ、まだ14歳だ。そして半妖の核たる霊力は、最初の斬撃でほぼ放出仕切っている。ならば、あとは成人し、訓練を積んでいるコッコが勝つのは自明の理だ。
だが、そうはならないだろう。この子だったら、もう一枚手札があってもなんら不思議ではない。
笑う余裕は、ない。だが、タマキのもう一手を待ちながら、打ち合う。
同様のことを、タマキも考えていた。
――このままなら、アタシの負け!
やはり最初のミスは大きく響いている。初手の大技自体は、能力を見せれば見せるほど分析をしてくるコッコ相手には間違った選択肢ではないと考えている。が、その後のペースを握られたのは失策だ。
その分のディスアドバンテージをひっくり返せなかったら、じりじりと経験の差で競り負ける。分かりやすくて良い。
もちろん、相手のミスを待つコトもできる。だが、カンナにも一目置かれているような相手が平凡なミスをするとは考えられなかった。
だから仕掛ける方法を見定めている。
幸いなことが一つあった。霊力が、回復を見せつつある。
限界を超えた霊力行使で一段階先の階梯へ至ったのか、あるいは真空の瞬間移動の連続発動に体が慣れてきたのか、それは分からない。
だが、もう一撃、最初の衝撃波には及ばないが、もう一撃だけなら、放てる。
撃てるとは思っていないであろう大技による不意打ち。そこに勝機を見出すしかない。
――やるさ!
タマキは心中で言い放ち、模造刀の柄を右手で確りと握った。
変化は、やはり爆音から始まった。
連撃のセッションの中で時折響く真空の音。それが、コッコが引こうとしていた右の足を逆に引っ張った。必然、コッコは足を取られ、背中から倒れ込みそうになる。
来ると思っていた変化だが、コッコは対応しきれない。そのまま背中から倒れ、しかし腕の振りの要領で最低限の受け身を取り、肺から叩きつけられて行動不能になるのを回避する。
即座にタマキは追撃した。右手に持った模造刀による刺突だ。鍔本を握った右手を柔軟に連動させ、それを速度に変換した刺突は、しかしコッコを捉えない。
コッコは倒れると同時に、足元に箱型術式を小さく生成していた。そして、それを思い切り両足で踏み、蹴り伸ばす。頭側に向かって加速することで、刺突を回避。その勢いを利用して足を振り上げ、そのまま慣性に乗り、逆向きのヘッドスプリングで起き上がろうとする。
その瞬間、コッコとタマキの視線が切れた。タマキは決心し、構えた。自身の残る霊力、ほぼすべてを使い切って、放つことを決めた。
コッコが起き上がる。その時には既に、タマキは刀を振るって、風の刃を生み出した。最初の時とは比べるべくもない大きさ。だが、それは確実に放たれた。
そして次の瞬間、ばづん、と爆音が再度鳴った。
タマキは自身の霊力と、周囲の風と、そしてコッコの存在を完璧に感じ取っていた。自身の放った風の刃は速度を調整し、自身の加速の後にコッコに到達するように仕掛けた。
そして自身は、コッコの背後。人間である限り視認は不可能で、そして最も取られると危険な位置。それゆえ、予想もされやすい位置。
だが、予想するならしてみやがれ、とタマキは考えていた。予想して背後の自分に対応すれば、前から風刃が襲う。前に対処すれば、自分がその隙だらけの背中を一刺しする。横にステップして逃れようにも、体半周分のアドバンテージは大きい。まして獲物は長く、取り回しに難がある。
――勝つ!
コッコは今、先ほどまでタマキが居た正面を向いていた。その体は左右にステップしておらず、風刃と相対するような格好だ。
あと一歩、あと一振り。
残る力をすべて振り絞り、タマキはコッコに一撃を届かせようと刃を振る。
「放て」
短い呪句が、コッコの唇から放たれた。
次の瞬間、コッコが腰だめに構えていた小銃、その銃床から、箱型の霊力が立ち上った。
霊力はそのまま、銃床を伸ばす様に伸長し――背後のタマキの鳩尾を、過たず捉えた。
「っ、ぁ――」
声も出せずに、タマキはその一撃を受けて、後ろ向きに転がった。手から模造刀が離れる。
訓練場の壁に叩きつけられたタマキは、いやに澄んだ思考で考えた。
負けだ、流石に、負けだ。でもそれはいい。ちゃんと、全部出しつくした負けだ。次に繋がる負けだ。
尤も、その”次”があるか、今は怪しくなっている。
風の刃は自身の打撃と同時にコッコに当たるように、前後から挟むように放った。つまりそれは、後ろ向きに転がった自分の方向に風の刃が向かってくる、ということだ。
避けなければ、とタマキは考えた。だが、体はぴくりとも動かない。
避けられない。自分は自分の能力で、死ぬ。
恐怖と諦観と、それから少しだけ誇りを感じながら、タマキは目を閉じようとした。
だが、その視界に、さっきから映り込む背中があった。
コッコだ。
「術式、展開……!」
彼女は自身の霊力と呪符のありったけを使って、箱型術式で風刃に抵抗した。
風を乱すための乱杭のような結界、段差を利用した結界、楔のように生成した結界。
そのどれもが風刃の威力とスピードを、わずかに弱めたに過ぎない。
最後に残ったのは、シンプルな壁としての結界。
掻き集めた最後の霊力をすべて注ぎ込み、風刃と拮抗する。
が、青白い箱の結界は、その形を徐々に崩れさせていく。
「無理だ、逃げて、先輩」
「いいえ!無理じゃないです!」
だって――紡ごうとした言葉は、結界が割れ砕ける音に掻き消された。
その瞬間、コッコとタマキは、風の向こうに桃色を見た。
「お前ら、よく頑張った」
桃色は光を増し、桜吹雪めいてその霊力を放出させた。
そして、光が振るわれる。
次の瞬間、霊力そのものが切り払われ、風刃は四散した。
真希島カンナが背負っていた、霊刀・加具土命は、人を傷つけることなく、怪異のみを斬る業物だ。
その力を以て、風の刃だけを切り裂いたのだ。
「よっ、無事か?」
風と霊力が収まったあと、カンナはなんてことのないように二人に声をかけた。
「えぇ、なんとか」
コッコは二本の足で立ったまま、にこりとその言葉に微笑を返す。疲労は見えるが、先ほどまで命の危機だったにしては落ち着いており、泰然自若としている。
反対にタマキは、霊力も体力も使い果たしてしゃがみ込んでいた。だが、意識はあるようで、カンナの言葉に頷きを返した。
「そいつは重畳。で、誰か、タマキに肩貸してやれ」
そう言われて訓練生達の中から、カエデが一番先に前に出た。大丈夫?と声を掛けながら、タマキを支えて立ち上がる。
「ありがとう」
タマキは小さい声で、カエデに返した。跳ねっ返りの強いタマキの大人しい姿に、カエデは少しだけ驚いて、それから
「よく頑張ったね。流石私らのエースじゃん」
と返した。
少女の耳が朱に染まる。
「さてと――タマキには悪いが、医務室に行くのはもうちょっとだけ待ってくれ」
タマキとカエデが訓練場の中央から、他の訓練生達が集まっている場所まで下がると、カンナはコッコの方を向いた。
一目見るだけで、コッコは疲労していた。汗はその黒髪を額に貼りつかせ、足元は震えも見える。握力ももう、それほど残っていないだろう。
だが、その視線は一寸違わず、カンナに注がれていた。
視線に答えて、カンナはコッコに言葉を投げる。
「大活躍だったじゃねぇか。訓練生全員相手に勝つとは。そろそろ休んだらどうだ?」
言葉だけを聞けば、労いの言葉だっただろう。だが、カンナも、コッコも、そうは思っていなかった。
「いえ、まだ相手してない人が、残っていますから」
そう言って、コッコは小銃を確りと構えなおした。刃を向ける先は、カンナだ。
今日一番の動揺が、訓練生達の間にざわめきを生んだ。
カンナは、その言葉を聞いて、にぃ、と笑みを深めた。
「なんだ、わかってんじゃねぇか」
そう言って、カンナは加具土命を納めると、反対の手に持っていた模造刀を構え、切っ先をコッコに向けた。
「いいかヒヨコ共、味方は傷つき、自分もボロボロ。対して相手は万全で、しかも格上と来た」
カンナは声を張り上げて、訓練生達に伝えた。
「そんな時、どうするか。従容として死を受け入れるか?破れかぶれに突撃するか?違ぇ、違ぇよなぁ」
訓練生達に理解の時間を与えるために、少しの間があって
「そんな状況でも、味方の後退のために、来るかもしれない援軍のために、今も怪異から逃げてる人々のために、一分一秒でも長く稼いで、稼いで、生き抜く。それがアタシ達だ。そうだよな!!!」
豪!と、物理的圧力すら伴うと錯覚するほどの霊力が、カンナから放出された。訓練生達は驚き、身が竦む者もいる。だが、そんな中でも、二人分の視線は、カンナとコッコから離れない。
「てなわけで応用編、そんな状況で、どうやって戦うか。お手本を見せてくれるのはコッコだ。お前ら、よく見とけよ!」
合図はない。模擬戦だが、模擬戦ではない。限りなく本当の死合いに近いシチュエーション。
コッコとカンナは、お互いに見合った。一瞬か、数秒か、数時間か、錯覚するような静かな時間が流れて
――そして二人は、同時に地を蹴った。